封神演義姫伯、燕山にて雷震子を収める(第十回 姬伯燕山收雷震)
(詩:燕山に雷が起こり、将星が現れて周の興隆を予告する様を詠む一首)
趙啓の炮烙死
商容の死に続き、趙啓も紂王を面前で激しく罵倒し、炮烙刑に処されて絶命する。百官は恐れおののき、紂王は宮に戻る。
費仲の献策
紂王は東伯侯姜桓楚らが反乱を起こすことを恐れ、費仲に相談する。費仲は姜桓楚・鄂崇禹・姫昌・崇侯虎の四大諸侯を都に呼び寄せ、まとめて処刑して禍根を絶つ策を献じ、紂王はこれを採用して四道の詔を発する。
姫昌の出立と伯邑考への遺言
西伯侯姫昌のもとに詔が届く。姫昌は易占により七年の大難を予知しつつも天数として受け入れ、内政を上大夫散宜生、軍事を南宮适らに、国政を世子伯邑考に託し、民を慈しむよう言い残して朝歌へ向かう。
燕山での雷震子との出会い
道中の燕山で雷雨に遭った姫昌は、雷鳴の後に古墓のそばで嬰児(後の雷震子)を見つける。折しも通りかかった終南山の道士・雲中子がこの子を将星と見抜き、姫昌から預かって弟子として連れ帰る。二人は七年後の再会と「雷震」の名を約束し合う。
諸侯の朝歌到着と諍い
姫昌が朝歌の館駅に到着すると、先着していた姜桓楚・鄂崇禹・崇侯虎と合流する。酒宴の席で鄂崇禹が崇侯虎の悪行を諫めたことから両者が争いになり、姫昌が仲裁する。
姜皇后の死の露見
夜、駅卒の姚福の失言から、姜皇后の惨死と二殿下失踪の顛末が諸侯に知れ渡る。姜桓楚は娘の死を知って慟哭し、四侯はそれぞれ諫章をしたためて翌朝の上奏を決意する。
姜桓楚の処刑
翌朝、費仲の入れ知恵により紂王は諸侯の上奏を聞かずに処罰する方針を固めていた。姜桓楚が上奏するも、紂王は聴かず罵り、その場で姜桓楚を捕らえて処刑を命じる。姫昌ら三侯が諫めるが、紂王は聞き入れず、姫昌らの本章もそのまま龍案に置かれたまま次回へ続く。