北史卷九十 列傳第七十八藝術下 馬嗣明

河内の予知に優れた医師

  • 河内野王の人。医方に広く通じ、一年前に人の生死を予知した。邢邵の子邢大宝の傷寒を脈診し「一年以内に死す」と楊愔に告げ、文宣帝が郡を与えようとした際も薬が求めにくいと諫めて阻止させたところ、邢大宝は一年経たずに没した。楊愔の背中の腫瘍を練石で治療し重用された(練石の製法も記される:黄色い石を焼いて酢に浸し粉にして塗布)。
  • 武平年間、通直散騎常侍として明堂の穴とは異なる独自の鍼灸穴を用いた。ある家の二人の奴が全身青くなる奇病を治し、遼陽山中で麦の穂を持ち赤い蛇状の物が手指に入り驚倒した女の全身腫痛も薬で治した逸話が記される。隋の開皇年間、太子薬蔵監として没した。性は自負が強く徐之才・崔叔鸞らをも軽んじた。