北史卷七十八 列傳第六十六 張定和
生涯
- 字は處謐、京兆萬年の人。家は貧しかったが志節があった。
- 侍官として仕え、隋の開皇九年(589年)の陳平定に従軍しようとしたが、資金が乏しく妻の嫁入り衣装を売ろうとして拒まれ、そのまま出征した。
- 功により儀同を拝し、帛千匹を賜ったが、その後妻を離縁した。
- たびたびの軍功で上開府・驃騎將軍に進んだ。
- 上柱國李充に従い突厥を征し、先陣を切って陣を陥れ功を賞された。柱國に進み、武安縣侯に封じられ、物二千段・良馬二匹・金百兩を賜った。
- 煬帝の即位後、宜州刺史・河內太守を歴任し善政をしいた。左屯衛大將軍に遷る。
- 帝の吐谷渾親征に従い覆袁川に至った。吐谷渾主は数騎で逃げ、その名王が渾主を詐称して車我真山に拠ったため、帝は張定和にこれを撃たせた。定和は敵の寡兵を侮って降を呼びかけたが賊は下らず、甲を着けぬまま山に登り、流矢に当たって斃れた。副将の柳武達が賊を撃破し悉く斬った。
- 帝は涙を流し光祿大夫を贈った。旧爵の慣例により再び武安侯に封じ、諡は壯武。子の世立が跡を継ぎ、光祿大夫を拝した。