北史卷七十 列傳第五十八 辛慶之

経歴

  • 字余慶,隴西狄道の人。代々隴右の著姓。父顕宗,馮翊郡守,雍州刺史を追贈。慶之は少くして文学により洛陽に召され対策第一で秘書郎を授かる。爾朱氏の乱に際し,魏孝荘帝は司空楊津を北道行台とし山東諸軍を節度させ討伐させると,津は慶之を行台左丞に招き謀議に参与させた。鄴に至ると孝荘帝崩御を聞き,兗・冀の間に出て義徒を結び国難に赴こうとした。まもなく節閔帝が立つと洛陽に還った。賀抜岳が行台となると再び慶之を行台吏部郎に招く。大統初,周文帝の東討に従い行台左丞。六年,河東郡事を行う。九年,丞相府右長史に入り給事黄門侍郎を兼ね度支尚書を除せられ再び河東郡事を行う。南荊州刺史に遷り儀同三司を加える。慶之は位遇隆盛であっても性は倹素を率い車馬衣服も華美を尚ばなかった。志量は淹和で儒者の風度あり,特に当時に重んじられた。また経学に明るく行いを修めていたため盧誕らとともに諸王の教授にあたった。廃帝二年,秘書監を拝す。官にて卒。子加陵,主寝上士。慶之の族子昂。