北史卷六十八 列傳第五十六 王雅

経歴

  • 字度容,闡熙新紵の人。少くして沈毅,木訥寡言。膽勇あり善騎射。周文はその名を聞き軍に召し,功により居庸県子を賜る。潼関で竇泰を捕虜にする戦に従軍。沙苑の戦いで雅は部下に「彼の軍はおそらく百万,我らは一万に満たず常理では敵し難い。だが相公(周文)は神武,順をもって逆を討つ,衆寡を計るべきでない。大丈夫この時に賊を破らずして何のための生か」と語り甲を着けて出撃,向かうところ靡かざるなく周文はこれを壮とした。また芒山の戦に従軍,大軍が失利し諸将が退く中,雅一人踏みとどまり,敵が援軍なきを見て歩騎で迫るも雅は奮撃し九級を斬り敵勢はやや退いた。周文は「王雅は全身これ胆なり」と嘆じた。伯に進爵。累遷して驃騎大将軍・開府儀同三司。明帝初,汾州刺史。政に励み人々は悦び服し,遠方より来る者七百余家。夏州刺史で卒。子世積が嗣ぐ。