北史卷六十五 列傳第五十三 厙狄昌

堅実な武人

  • 字は恃德、神武の人。若くして弓馬に達し膂力があった。成長すると立ち居振る舞いが上品で気概にあふれ、常に将帥を自任した。爾朱天光の関中平定に従い、天光が敗れると賀拔岳の征討に従った。
  • 岳が害されると昌は諸将とともに周文帝擁立を謀り、侯莫陳悅の平定に従って陰盤縣子に封じられた。後に孝武帝を迎え潼関を回復した功で長子縣子に改封。大統の初め、開府儀同三司に累進し方城公に進爵。六官制の整備で稍伯中大夫を拝命。周孝閔帝踐祚後、大將軍を拝命し、没した。