北史卷六十五 列傳第五十三 辛威

五世同居の栄誉

  • 隴西の人。若くして気概があり志略に富んだ。賀拔岳の征討に初めて従い功を立て輔國將軍・都督を仮授された。周文帝が岳の兵を統率するようになるとその器量を認め、帳内に招いて白土縣伯に封じ、後に公爵に進爵。
  • 開府儀同三司に累進し普屯氏の姓を賜った。鄜州刺史として出た。威の声望が高まり、朝廷は郷里への栄誉としてさらに河州刺史・本州大中正に任じ、二鎮を歴任していずれも人心をよく得た。周孝閔帝踐祚後、大將軍を拝命し枹罕郡公に進爵。宣政元年(578年)上柱国に進位。大象二年(580年)宿国公に進封され再び少傅を務めた。没した。
  • 威は重厚で威厳があり、数十年にわたり官に在りながら過ちを犯したことがなく、身と名声をともに全うすることができた。また一族に義があり、五世同居していたことでも当時称えられた。子の辛永達が跡を継ぎ儀同大將軍となった。