北史卷五十一 列傳第三十九 陽州公永樂
経歴と最期
- 陽州公永樂、神武の従祖兄の子。太昌初、陽州県伯に封ぜられ公に進爵、北豫州刺史に累遷。河橋の戦いで司徒高昂が敗走した際、永楽は洛陽南城を守り門を開かず、昂は西軍に捕らえられた。神武は激怒し杖二百を科した。豫州刺史を罷免され家産が立たなかったが、長史裴監・別駕辛公正の清廉さを理由と知った神武は永楽に済州を与え二人を長史・別駕に留任させ「貪り過ぎるな、小さな義理取りは咎めぬ」と諭した。永楽は州で卒去、太師・太尉・録尚書事を追贈され諡は武昭。子がなく従兄思宗の次子孝緒が後を嗣ぎ、天保初、脩城郡王に改封。
長弼(陽州公永樂弟)――経歴
- 永楽の弟長弼、小名は阿伽。粗暴で城市で乱暴を働き「阿伽郎君」と呼ばれた。宗室として広武王に封ぜられたが、凶暴な道人天恩と組んで乱闘を繰り返し、文宣帝が天恩ら十余人を棄市とし長弼は鞭百に処された。南営州刺史となったが原因不明の逃走の末、突厥に亡命し死所は不明。