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北史
卷四十六 列傳第三十四 范紹
范紹
字始孫、燉煌龍勒の人。聡敏で12歳から崔光に師事、父の遺命を守り学業を続けた。太和初(477年頃)太学生から算生、門下通事令史・録事として孝文帝に重用され、李沖・崔光にも認められた(「崔光の従容たるは范紹の力」との評)。南討計画に際し西道六州営田大使・歩兵校尉として屯田を勧課し豊作を実現。中山王英の鐘離攻撃に随行し、地形から陥落不能と判じ撤兵を進言したが容れられず、案の定英は敗北した。並州刺史・太常卿を歴任し、荘帝初、河陰の変で遇害。
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