北史卷三十七 列傳第二十五 孟表
渦陽の孤城を守り抜いた忠臣
- 字は武達、済北蛇丘の人。斉の馬頭太守を経て太和十八年、郡を挙げて魏に帰順、南兗州刺史・馬頭太守(譙県侯)として渦陽を鎮めた。斉の豫州刺史裴叔業に六十余日包囲され城中食尽きて草木の皮葉を食う窮地に陥ったが、王粛の救援で叔業は退いた。
- 城内に投じてきた「辺叔珍」なる者が実は叔業の姑の子で内応の細作と見破り、北門外で斬って人心を安んじた。孝文はその誠を嘉し汶陽県伯に封じ、済州刺史・散騎常侍・光禄大夫・斉州刺史を歴任。卒すると兗州刺史を贈られ諡は恭。