北史卷三十五 列傳第二十三 先護
経歴
- 思和の子の先護、若くして武幹があった。荘帝が藩にあった頃から結託していた。爾朱栄が洛陽に向け挙兵した際、霊太后は先護に鄭季明らとともに河梁を守らせたが、先護は荘帝が河北で即位したと聞き、門を開いて爾朱栄を迎え入れた。功により平昌県侯・広州刺史に封じられた。元顥が洛陽に入り荘帝が北へ避難すると、先護は州で義兵を挙げ元顥の命に従わなかった。荘帝が京師に戻ると郡公に進んだ。東雍・豫二州刺史を歴任し尚書右僕射を兼ねた。爾朱栄が死ぬと、徐州刺史爾朱仲遠が兵を擁して洛陽に向かった。詔により先護は都督賀抜勝・行台楊昱とともにこれを討つこととなったが、京師が守れなかったと聞き部衆が逃散したため梁に奔った。まもなく帰還したが爾朱仲遠に殺害された。孝武帝の初め、使持節・都督・四州刺史を贈られた。子は偉。