北史卷三十五 列傳第二十三 思明

経歴

  • 鄭羲の従子、五兄連山の子の思明。連山は性格が厳格暴虐で僮僕をしばしば鞭打ち、酷いことこの上なかった。父子は同時に奴に殺され、首を馬槽の下に投げ込まれ馬に乗って北へ逃げられた。第二子の思明は驍勇で騎射に優れ、髪を振り乱して村の義勇を率い追跡した。河に至り奴が馬ごと水に投じたが、思明は従者を制止し自ら矢を放って一発で命中させ、流れに落ちたところを捕らえて家に連れ帰り処刑した。
  • 思明の弟の思和、ともに武力を自負した。思明は直閤将軍を務めたが、弟の思和が元禧の逆に連座した罪で辺境に流された。赦免され、没後済州刺史を贈られた。