北史卷二十五 列傳第十三 宿石
宿石
- 宿石、朔方の人、赫連屈丐の弟文陳の曾孫。天興中、文陳父子が魏に帰順すると道武帝はこれを嘉し宗女を妻に与え上将軍とした。祖の若豆根は明元帝の時、宿氏の姓を賜り上将軍を襲った。父の遝幹は太武帝の平涼征討に功を立て漢安男を賜爵、のち蠕蠕討伐に従い戦没した。石は十三歳で爵を襲ぎ中散に擢され内行令に遷った。苑中の狩猟に従った折、石が馬を走らせ道の険しさで馬が倒れ気絶し久しくして蘇生した。これにより御馬を制する術を得た。文成帝はこれを嘉し綿帛・駿馬を賜り義陽子に改封した。またある猟で文成帝が猛獣を自ら射ようとした際、石は馬を叩いて諫め帝を高原へ導いた。のち猛獣が跳ね出て人を殺したため帝はその忠を褒め「今後もし罪を犯すことがあれば宥して咎めぬ」と語り駿馬一疋を賜った。上谷公主を尚り駙馬都尉。吏部尚書に至り太山公に進爵、北征中道都大将となった。卒去し太原王を追贈され諡は康、葬礼は盧魯元の故事に依った。太和初年、子の倪が爵を襲いだ。