北齊書卷三十四 列傳第二十六 燕子獻
燕子献
- 字は季則、広漢下洛の人。若い頃、人相見に「胡地で使役され斉・趙で富貴を得るだろう」と言われた。後に西魏(宇文氏)に仕え典籤となり、茹茹への使者を命じられた際、この予言を確かめようと帰国し高祖(高歓)に見えると大いに喜ばれ、陽翟公主を尚し厚遇された。顕祖の時、官は侍中・開府に至り済南王(廃帝)の即位後は任用がさらに重くなり右僕射に任じられた。
- 子献は元来多力で頭髪も薄かった。動乱の際、群衆を押し分けて省門を走り出たが斛律光に追われ捕らえられ「大丈夫の計が遅れてこの様になった」と嘆いた。
- 可朱渾天和は道元の末弟で、道元の勲功により東平公主を尚し領軍大将軍・開府に累遷、済南王の即位で特進を加え博陵公に改封された。楊愔と同じく誅殺された。