北齊書卷二十 列傳第十二 叱列平

叱列平

  • 叱列平、字殺鬼、代郡西部の人。世々酋帥、容貌美しく髭髯あり弓馬に善く第一領民酋長・臨江伯を襲爵。孝昌末抜陵の反乱・茹茹残党の馬邑侵入を統軍として討ち別将に補任。牧子の乱で劉胡崙・斛律可那律らの反乱を都督として討平。魏孝荘初め武衛将軍、爾朱栄の葛栄討伐・元顥討伐に従い中軍都督・右衛将軍・廮陶県伯(食邑700戸)。栄死後、平は栄の妻・爾朱世隆らと北走、魏長広王曄擁立で右衛将軍・京畿大都督。爾朱氏の凌僭を憂慮していたところ高祖挙義に帰誠、鄴平定・韓陵の戦い、爾朱仲遠敗走後東郡大行台、爾朱兆討平にも従軍。婁昭の樊子鵠討平に従い使持節華州刺史。高仲密の反乱時、高祖の周文帝討伐(邙山)に従い、武定初め廓州刺史、五年儀同三司・河陽鎮守、八年侯に進爵。天保初め兖州刺史、開府、臨洮県子に別封。三年南征江淮で陽平郡を陥落、陳の広陵包囲に対し河南諸軍を統べ救援に赴き陳退却で撤兵。五年夏51歳で州で卒、瀛滄幽三州軍事・瀛州刺史・中書監を追贈、諡は荘恵。子孝中が嗣ぎ、弟長は武平末侍中・開府儀同三司・新寧王、隋開皇中上柱国・涇州長史で卒。他に特筆すべき技芸はなかったが官にあって清幹で知られた。