北齊書卷二十 列傳第十二 宋顯

宋顯

  • 宋顕、字仲華、燉煌効穀の人。果敢で幹用あり爾朱栄の軍主から長流参軍、永安中前軍襄垣太守、栄府記室参軍として元顥討伐に功あり平東将軍。栄死後世隆らの洛陽進軍に襄垣太守。普泰初め使持節征北将軍・晋州刺史、高祖に帰し行台右丞。樊子鵠の兖州反乱に呼応した西兖州刺史乙瑗・譙郡太守辛景威を高祖の命で西兖州事代行として討破、西兖州刺史。梁州刺史鹿永吉の外叛と西魏の博陵王元約・趙郡王元景神の侵攻を当州の兵で撃破、約らを斬る。左衛将軍斛律平と大梁で会合、儀同三司。州で受納多かったが勇決気幹あり左右の信望を得た。河陰の戦いで深入りし戦没、司空公を追贈。
  • 顕の従祖弟繪は学問を好み博覧、魏の張緬の晋書が未伝来のため裴松之注三国志の体例に準じて王隠・中興書に注をつけ、中朝多士伝十巻・姓系譜録五十篇を撰した。諸家の年歴不同を刊正しようと年譜録を撰したが未完のまま河清五年に水害で漂失、繪は博聞強記だが天性恍惚として晩年風疾に罹り、著書を失って「天が予を喪ぼした」と慟哭したという。天統中卒。