九月甲午 辰龍關攻略の督促
- 大将軍貝勒察尼が前鋒統領蘇祜濟を辰龍関偵察に遣わしたところ、蘇祜濟は「道は塞がり河も涸れて大軍を駐屯させられない」と復命した。
- 皇帝はこれを臆病な言い逃れと厳しく咎め、賊がすでに大敗している以上、武岡州の楓木嶺方面から辰龍関を速やかに攻略し、鎮遠で大将軍安親王らと雲貴平定を協議するよう命じた。あわせて内厩・兵部・太僕寺の馬各千匹を進軍する大軍に支給させた。
乙未 撤兵と京師還送の議
- 大将軍安親王岳楽らに大軍の半数を京師へ撤収させるよう勅した。武岡州・楓木嶺がすでに回復し辰龍関の賊も自壊するとみて、安親王・簡親王・察尼配下の大軍は沅州へ急行させ、残りの半数は禁旅と交代のため撤収させることとした。
- 蒙古の将士については、数年の労を賚い、京師到着時に将領へ鞍馬を、その他へ羊など物品を賜るとし、柏郷県で出迎える手配を命じた。
庚子 孫思克の進言と皇帝の叱責
- 提督孫思克が漢中・興安への進軍延期を上奏したところ、皇帝は厳しくこれを叱責した。孫思克は険阻な地形・輸送の困難・秦地の兵の弱さ・京師地震による軍心動揺などを理由に挙げたが、皇帝は秦地の緑旗兵の精強さや、他省での転戦の実績を引き、来春まで待てば敵の勢いが盛り返すと反論し、孫思克の言を「怯懦・規避」と断じた。
- 皇帝は喇薩禮を遣わして事情を糺させたが、目下は分路進軍の最中であるとして処分は事平定後に延期した。
壬寅 鎮遠での糧餉統括と辰沅方面の措置
- 湖広総督蔡毓栄と司道官を鎮遠に留めて糧餉を統括させ、学士仏倫らの上奏に基づき湖南巡撫韓世琦を鎮遠に留めて人夫徴発・招徠を担わせた。黔中への陸運が困難なため、官員・司道・府州県官を分担させて人夫を安塘に集め、逓送する体制を定めた。
甲辰 定南王旧部投誠官の原職復帰
- 理事官麻勒吉らの上奏により、劉彦明ら投誠官兵はすでに安置済みだが、家族が雲南にある傅奇棟・袁鳴佩ら旧偽官の処遇を問うた。皇帝は定南王藩下・投誠官員とも変節以前の官職をそのまま認め、兵になる者は本省の営へ、民になる者は帰農させるよう命じた。
丙午 靖南王旧部への叙功
- 将軍莽依図の上奏により、都統馬九玉配下で広西平定・呉世琮誅殺に功のあった王承業・李雲・曹応鵠・張朝瑞・童茂らを援勦営の副将・参将に任じ、馬九玉には太子少保を加えることとした。
辛亥 簡親王の広西桂林進駐
- 将軍莽依図の上奏を受け、桂林防衛のため大将軍簡親王喇布に満洲兵を率いて桂林へ急行させることとし、都統希福はいったん桂林を守り、簡親王到着後にその指揮下で莽依図とともに広西未平定の地を攻めることとした。
甲寅 祖沢清父子の京師連行
- 総督金光祖の上奏により祖沢清・良楩父子が捕縛されたことを受け、皇帝は反逆を繰り返した祖沢清父子と家人を京師へ檻送させた。
十月乙丑 諸将の撤還と用兵の調整
- 老齢・病身の内大臣坤巴図魯・都統畢力克図・侍衛覚和托・左都御史舒恕らの撤還を命じる一方、副都統博霽らは大将軍簡親王のもとへ広西へ向かわせ、要地でない場所に駐屯する部隊は各路の必要な戦線へ移すよう指示した。大将軍公図海の上奏に基づき、畢力克図は漢中・興安回復後に還送することとした。
戊辰 福建大軍の半数撤還を議す
- 大将軍康親王傑書らに福建満洲兵の半数撤還の可否を議させ、留守・還京それぞれの統率者を四十日以内に定めて上奏するよう命じた。
興安夾攻の部署
- 将軍噶爾漢らが白河県から険路のため上津路へ進路を変更したことを受け、皇帝はこの路から大将軍公図海の陝西軍と挟撃するよう命じた。
辛未 諸路への進撃督促と招撫の勅諭
- 学士希福・郎中烏黒を陝西へ、莫洛・宜爾赫図を湖広へ、庫勒納・額爾赫図を広西へ遣わし、張勇・王進宝・趙良棟・孫思克ら緑旗諸将に対し、賊の敗走に乗じて漢人の兵力で漢中・四川を速やかに平定するよう勅諭を発した。功があれば旧例にとらわれず厚く恩賞すると約し、緑旗の進撃に応じて満洲大軍も続いて進むと述べた。
己夘 傅宏烈の広西統括
- 巡撫傅宏烈が慶遠方面から自ら雲貴へ進もうとしたが、皇帝は広西がまだ平定間もないとして会城に留め、麻勒吉らと撫綏・糧餉供給にあたらせ、精鋭のみを将軍らの用に供させた。
壬午 張勇の進軍延期願いを却下
- 将軍侯張勇が寒冬・輸送難を理由に漢中・興安進軍の延期を願い出たが、皇帝はすでに図海らが四路に分かれて進軍中であるとして許さなかった。
呉三桂旧部への招撫勅諭
- 皇帝は呉応麒・胡国柱・馬宝・王屏藩・郭壮図・夏国相らに招撫の勅を発し、湖南・広西・漢中がすでに平定され賊勢が摧敗しつつあることを説き、投降すれば従前の罪を赦し功に応じて叙用する旨を約した。妻子が滇黔にあることへの配慮も示し、率先して帰順すれば厚く恩賞すると諭した。あわせて兵部にこの招撫の趣旨を各大将軍・将軍へ徹底させるよう命じた。
戊子 戦没将士への恩恤と漢中方面の戦果
- 陣没した都統伯伊里布・護軍統領哈克三に厚い恤金を賜った。
- 将軍王進宝が利橋・紅花鋪で賊を破り鳳県・両当県を回復したと上奏し、提督趙良棟も密樹関・紅川方面の戦いを経て徽州を回復したと上奏した。