漢中の争奪
- 春三月壬子晦、日食があった。
- 夏五月、劉備が漢中を取った。
劉備を漢中王に立てる上言
- 秋八月、諸葛亮らが上言した。まず、唐堯は至聖でありながら四凶が朝廷にあり、周の成王は仁賢でありながら四国が難を起こし、高后が臨朝すると諸呂が権を盗み、孝昭帝が幼いうちは上官氏が逆謀を企てたと述べる。
- いずれも代々の寵を頼み国の威権を踏まえ、凶を極め乱を極めて社稷を危うくした。大舜・周公・朱虚侯・博陸侯のような者でなければ凶を捕らえ逆を討ち、危うきを扶け傾きを定めることはできなかった、という。
- 陛下は聖徳の資質を備えて万邦を統べておられるのに、家運の不幸に遭った。董卓が乱の口火を切って京畿を覆し、曹操が禍を積み上げて天下の権を私し、皇后と太子は毒殺され害された。天下を脅かし民や物を損ない、長く陛下を都から離れて幽居させ、人も神も位を得ず、王命を絶ち皇極を暗くして、神器を奪おうとしている。
- 左将軍・領司隷校尉・豫荊益等州牧・宜城亭侯の劉備は朝廷から爵秩を授かり、力を尽くして国難に殉じようと思い、その兆しを見て憤起し、車騎将軍の董承と謀って共に曹操を誅し、国を安んじ難を静め旧都を寧んじようとした。
- しかし董承の側が機密を守れず、曹操はなお生き延びて悪を長引かせ、海内を損ない尽くした。臣らは常に、王室に大きくは閻楽の禍、小さくは定安の変が起こることを恐れ、日夜おそれ震えて息を詰めている。
- 昔、虞書は九族を睦ませることを説き、周は二代に鑑みて同姓を封建し、詩もその意義を述べ、それによって長く続いた。漢の興った初めにも領土を割いて王子弟を尊び、それゆえ諸呂の難を挫いて太宗の基を成した。
- 諸葛亮らは、劉備が皇室の血肉であり宗子として藩屏となる存在で、心は国家にあり乱を鎮めることを念じていると考える。劉備が漢中を破り収めてから海内の英雄は風を望んで蟻のように付き従っているのに、爵号は顕れず九錫も加えられていない。これでは社稷を鎮衛し万世を照らすことにならない。
- 命を奉じて外にあり、詔命は絶えている。昔、西河太守の梁統らは漢の中興に際し、河山に阻まれ地位も権も同格で互いに統率できなかったので、みな竇融を推して元帥とし、ついに功績を立てて隗囂を破った。
- 今の社稷の難は隴・蜀のときより甚だしい。曹操は外に天下を呑み、内は群僚を損ない、朝廷には内部からの危機があるのに防ぎ手が立っていない。まことに寒心すべきである。
- そこで臣らは旧典に依り、劉備を漢中王に立て、大司馬を拝させ、六軍を統べ督し、同盟を糾合して凶逆を掃滅させる。漢中・巴・蜀・広漢・犍為をその国とし、置く官は漢初に諸侯王を立てた際の旧典に依る。
- 臨機の措置も国家の利になるなら専断してよい。事が成った後は、臣らは退いて詔を偽った罪に伏す。死んでも恨みはない、と結んだ。
- こうして江陽に壇場を設け、劉備に王冠を戴かせた。
劉備の上言
- 劉備は上言した。自分は取り立てて才もないのに上将の任を担い、三軍を統べ督し、命を奉じて外にありながら、賊を除き難を静めて王室を正すことができず、長く陛下の聖教を衰えさせ、天地は塞がって泰らかにならず、憂いに身をよじり頭痛のように苦しんでいる、と。
- 昔、董卓が乱の階を作り、それ以来、群凶が横行して海内を損なった。陛下の聖徳と威霊により人も神も応じ、忠義の者が奮って討ち、あるいは天が罰を降して、暴逆の者は次々と滅び氷が解けるように消えていった。
- ただ曹操だけが久しく除かれず、国の威権を侵し私し、心のままに乱を極めている。
- 自分はかつて車騎将軍の董承とともに曹操討伐を謀ったが、機密が漏れて董承は害に陥り、自分も流離して拠るところを失い、忠義を果たせなかった。その結果、曹操に凶逆を極めさせ、主と后を殺し皇子を毒害させることになった。
- 同盟を糾合して力を奮おうと念じてきたが、懦弱で武がなく、年を重ねても効なく、常に死んで国恩に背くことを恐れ、まどろむ間も嘆き、夕べには危ぶむような思いでいる、と述べる。
- 今、群僚は次のように言う。昔、虞書は九族を睦ませ賢明の者を励ましたとあり、五帝以来この道は廃れていない。周は二代に鑑みて姫姓を建て、実に晋・鄭が両輔となった福に頼った。高祖が興ると王子弟を尊び九国を大きく開き、ついに諸呂を斬って太宗を安んじた、と。
- 今、曹操は正直な者を憎み、その徒党は多く、禍心を包み隠し、篡逆はすでに明らかである。王室は微弱で帝族に位がない。そこで古の式を斟酌し臨機の措置に依って、自分を大司馬・漢中王に推した。
- 自分が受けているものはすでに過分であり、さらに高位を汚して重ねて謗りを招くべきではないが、群臣に大義をもって迫られた。思えば寇賊はまだ梟されず国難は終わらず、宗廟は傾き社稷は堕ちようとしている。まことに深く憂え、身を砕く責めを感じる。
- 臨機に変に応じて聖主を安んじられるなら、水火を越えることも辞さない。常に後悔を防ごうと心に留めてきたが、ひとまず衆議に従って印璽を拝受し、国の威を高めることとした。
- 爵は高く寵は厚い。俯して自ら効を尽くすことを思うと、憂いは深く責めは重く、驚き恐れて息をつめ、谷に臨むようである。すぐに六軍を率い、時に順って討伐し、社稷を安んじて万分の一でも報いたい、と述べた。
魏諷の謀
- 九月、丞相掾の魏諷が曹操を誅する謀りごとを立てたが発覚し、誅に伏した。
- 魏諷は名声があり、密かに義士を結んでいたので、連座して死んだ者は数十人にのぼった。