後漢紀巻第十六 孝安皇帝 元初元年 114年
春正月 賜爵と賑給
- 甲子、天下の男子にそれぞれ段階を設けて爵を賜った。
- 鰥寡や重病で自活できない者には一人あたり粟三斛、貞婦には帛一匹を賜った。
三月 日南の地割れ
- 己卯、日南で地が裂け、その長さは百余里に及んだ。
夏四月以降 大赦と人事
- 丁酉、天下に大赦した。三公・卿士に、敦厚質直な者をそれぞれ一人ずつ推挙させた。
- 九月辛未、大司農の司馬苞を太尉とした。
- 冬十月朔、日蝕があった。
- この年、十五の郡国で地震があった。
高句麗王宮の死と陳忠の献策
- 高句麗王の宮はたびたび幽州方面を侵していたが、この年に死んだ。
- 玄菟太守の姚光は、その喪に乗じて遼東・楽浪など三郡の兵を発して撃ちたいと上言し、議者も許可すべきだとした。
- 尚書の陳忠は反対した。以前、宮が凶悪であったときに姚光は討てなかった。今みずから死んだのだから、使者を遣わして弔問し、そのうえで宮の生前の罪を責め、赦令によって誅責を加えないと告げるべきだ、と。
- これに従った結果、高句麗は服属した。