後漢書卷九十二 荀韓鍾陳列傳第五十二 鍾皓

生涯

  • 鍾皓、字は季明。潁川郡長社の人。代々刑律に明るい著姓。篤行で知られ、公府の招きを兄が未仕のため辞退し密山に隠れ、詩律を千余人に教授した。郡功曹として、司徒府への辞任時、後任に陳寔を推挙した逸話(陳寔は自らの見識のなさを謙遜した)が伝わる。
  • 荀淑と並び士大夫に慕われ、李膺は「荀君(淑)は清識、鍾君(皓)は至徳、師とすべし」と評した。兄の子瑾(李膺の従兄弟)との交誼、国武子の故事を引いて「保身全家こそ道の貴さ」と説いた逸話が伝わる。六十九歳で没し、諸儒に頌えられた。孫の繇は建安中、司隷校尉となった。