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後漢書
卷七十二 光武十王列傳第三十二 沛獻王輔
沛献王輔
沛献王輔、建武十五年に封ぜられ、郭后廃立に伴い中山王に徙され、のち沛王に改封された。壽光侯劉鯉(更始帝の子)が輔に取り入り、劉盆子への復讐のため輔を利用して式侯恭を殺害させた事件で輔も一時繋獄されたが赦された。輔は経書を好み京氏易・孝経・論語・図讖に通じ『五経論』を著し「沛王通論」と称された。謹厳で終始一貫した賢王として顕宗に重んじられ、四十六年在位して薨じた。以後、代々の子孫が継ぎ、後漢末に崇徳侯として存続した。
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