後漢書卷六十九 劉趙淳于江劉周趙列傳第二十九 江革

江革

  • 江革、字は次翁、斉国臨淄の人。幼くして父を失い母と暮らし、乱世に母を背負って逃げ、賊に遭うたびに老母の窮状を涙ながらに訴え、賊はその誠に感じて害さなかった。下邳に寄寓し貧困のなか裸足で傭工して母を養った。建武末に帰郷し、検地の際も母を煩わせぬよう自ら轅を引いて車を牽き、「江巨孝」と称された。太守の召しにも母のため応ぜず、母の死には至性のあまり衰弱し、喪を終えても除服を忍びず、郡守が使者を送ってようやく服を解かせた。
  • 永平初め孝廉に挙げられ楚太僕となったが一月余りで辞め、楚王劉英が追わせても戻らなかった。建初初め太尉牟融の推薦で司空長史、五官中郎将に遷り、粛宗は朝会のたびに虎賁に扶けさせ厚遇した。京師の貴戚馬廖・竇憲がその行いを慕って礼物を送っても一切受けなかった。のち諫議大夫に転じ病を称して辞し、元和中には天子が斉相に詔して起居を問わせ、県に穀千斛、毎年八月に羊酒を賜る「巨孝」の礼を定めた。没した際にも穀千斛が追賜された。