後漢書卷六十一 郭杜孔張廉王蘇羊賈陸列傳第二十一 孔奮

清貧を貫いた武都太守

  • 孔奮、字は君魚。扶風茂陵の人。劉歆に春秋左氏伝を学び「吾すでに君魚より道を受けたり」と評された。河西で竇融に登用され姑臧長、建武8年関内侯。姑臧は交易の要衝で富裕だったが、奮は在職4年財産を増やさず、母には孝養を尽くしつつ質素を貫き、「脂膏に身を置きながら自ら潤さず」と嘲られるほどであった。
  • 隴蜀平定後、河西の官吏が財貨を持って召還される中、奮のみ単車で赴き、姑臧の吏民が牛馬千万を贈ろうとしたが一切受け取らなかった。武都郡丞として隗茂ら残賊討伐で妻子を人質に取られながらも討伐を貫徹し、氐族の豪族齊鍾留を懐柔して賊を討った(妻子は殺害された)。武都太守として厳明な政治を行い清平と称された。弟の奇は経学に通じ、子の嘉は左氏説を著した。