後漢書卷五十七 宣張王王杜郭吳承鄭趙列傳第十七 宣秉
節約を貫いた御史中丞
- 宣秉、字は巨公。馮翊雲陽の人。哀平期、王氏専政の兆しを見て深山に隠遁、王莽の招聘にも応じなかった。更始下で侍中、建武元年御史中丞。光武帝の特詔で御史中丞・司隸校尉・尚書令が専席で座す「三独坐」の一人となる。
- 司隸校尉として大綱を重んじ細事に拘らず、布の衾・蔬食・瓦器の質素な生活を貫いた。光武帝が「楚国の二龔(龔勝・龔舎)も雲陽の宣巨公には及ばぬ」と称賛し布帛帳幃を賜った。大司徒司直として俸禄を親族救済に充て蓄えを持たず、建武6年官で没した。子の彪は玄菟太守にまで至った。