後漢書卷五十五 卓魯魏劉列傳第十五 魯丕
五経に通じた名儒
- 魯丕、字は叔陵。学問に沈潜し交遊を絶ち、五経(特に魯詩・尚書)に精通し当代の名儒と称された。建初元年、賢良方正で対策百余人中最高等に挙げられ議郎、新野令として州第一の治績、青州刺史として賢明を旨とした。
- 趙相として、趙王商が学官(学舎)を私用に移そうとしたのを礼制を根拠に拒み阻止。東郡太守・陳留太守を歴任し灌漑事業や隠逸賢士の推挙に尽力したが、貧民救済の不実で罪を得ることもあった。
- 侍中賈逵の推薦で朝会に召され、賈逵・尚書令黄香らと経義を論争し帝に称賛され衣冠を賜る。上疏で経学の議論作法(師法を尊重し浮華な言を排すこと)を説き、諫言の道を開くよう求めた。永初2年、大将軍鄧隲の推挙で再び侍中、左中郎将、三老を歴任し75歳で没した。