後漢書卷五十一 任李萬邳劉耿列傳第十一 萬脩

出自と戦功

  • 萬脩は字を君游といい、扶風郡茂陵の人である。更始の代に信都令となり、太守の任光・都尉の李忠とともに籠城を守り世祖を迎え、偏将軍・造義侯となった。
  • 邯鄲攻略後は右将軍を拝命し河北平定に従った。建武二年、槐里侯に改封。揚化将軍・堅鐔とともに南陽を攻めたが、勝つ前に軍中で病没した。
  • 子の普が跡を継ぎ泫氏侯に改封、普が没すると子の親が跡を継ぎ扶柳侯に改封された。親が没すると子がなく国は除かれた。永初七年、鄧太后が脩の曾孫・豊を曲平亭侯に再封、豊が没すると子の熾が跡を継いだが、永建元年に熾が没し子がなく国は除かれた。延熹二年、桓帝が脩の玄孫・恭を門徳亭侯に再封した。