後漢書卷二十八 五行志第十八 五行六

総説――日食の理論

  • 日は太陽の精、人君の象であり、君道に虧けがあれば陰に乗じられて日食が起こるとされる。儒家の説では、諸侯が権を専らにすればその応験は多く日の宿る国に現れるといい、『管子』は「日は陽を掌り月は陰を掌り星は和を掌る。日食は失徳の国が之を悪み、月食は失刑の国が之を悪み、彗星は失和の国が之を悪む」と説く。人君が徳を改め修めれば咎害は除かれるとされる。

光武帝期の日食

  • 建武二年正月甲子朔(26年)、危宿八度で日食。虚危は斉の分野にあたり、当時賊将張步が斉に拠り、光武帝は伏隆を遣わして降を諭したが再び叛き、五年にようやく破られた。
  • 三年五月乙卯晦、柳宿十四度で日食。柳は河南の分野。赤眉の降将樊崇が乱を謀り、七月に発覚してみな誅された。
  • 六年九月丙寅晦、尾宿八度で日食。
  • 七年三月癸亥晦、畢宿五度で日食。畢は辺兵の象。秋に隗囂が反し安定を侵し、冬に盧芳配下の朔方・雲中太守が郡ごと降った。
  • 十六年三月辛丑晦、昴宿七度で日食。昴は獄事の象。当時諸郡太守が田租の不実で罪に問われ、光武帝が怒って十余人を殺したのち深く悔いた。
  • 十七年二月乙未晦、胃宿九度で日食。胃は廩倉の象。諸郡が租税を新たに課された後で天下が食糧を憂え、十月に郭皇后が「供養を奉ずるに堪えず」として廃された。
  • 二十二年五月乙未晦、柳宿七度で日食。柳・輿鬼は祭祀・宗廟の象。十九年に近帝四廟を立てて祭る議があったが場所が定まらず高廟で合祭するに留まり三年間廟が建てられなかったことへの兆とされる。
  • 二十五年三月戊申晦、畢宿十五度で日食。畢は辺兵の象。その冬、武谿の蛮夷の寇害に伏波将軍馬援が出兵した。
  • 二十九年二月丁巳朔、東壁宿五度で日食。東壁は文章の象。諸王が文章談説の士を招いていたことに関連し、上奏により諸王の客が苛法に問われ死者が多く出たが、光武帝は改悔し使者を遣わして冤罪を正した。
  • 三十一年五月癸酉晦、柳宿五度で日食。十年後、光武帝が崩じた。
  • 中元元年十一月甲子晦、斗宿二十度で日食。斗は爵禄を主る宿であり、甲子の日でもあることから占いは重いとされた。

明帝期の日食

  • 永平三年八月壬申晦、氐宿二度で日食。氐は宿宮の象。当時明帝は北宮を造営していた。
  • 八年十月壬寅晦、斗宿十一度で既(皆既)日食。斗は呉の分野で、広陵も呉に属す。二年後、広陵王荊が謀反の罪で自殺した。
  • 十三年十月甲辰晦、尾宿十七度で日食。
  • 十六年五月戊午晦、柳宿十五度で日食。二年後、明帝が崩じた。
  • 十八年十一月甲辰晦、斗宿二十一度で日食。明帝崩後、馬太后が爵禄を制していたことによるとされる。

章帝期の日食

  • 建初五年二月庚辰朔、東壁宿八度で日食。当時群臣が経義を争い互いに誹謗する者が多かった。
  • 六年六月辛未晦、翼宿六度で日食。翼は遠客の象。冬に東平王蒼らが来朝し、翌年正月に蒼が薨じた。
  • 元和元年八月乙未晦、氐宿四度で日食。

和帝期の日食

  • 永元二年二月壬午、奎宿八度で日食。
  • 四年六月戊戌朔、七星二度で日食。七星は衣裳の象、また軒轅に近く左角は太后の一族を象る。この月、和帝は太后の兄弟竇憲らの官を免じ国に帰らせ、のち逼迫されて自殺した。
  • 七年四月辛亥朔、觜觽宿で日食。この年鄧貴人が入内し、翌年陰皇后が立てられたが鄧貴人の寵に嫉妬し廃された。
  • 十二年七月辛亥朔、翼宿八度で日食。翼は荊州の分野。翌年冬、南郡の蛮夷が反乱した。
  • 十五年四月甲子晦、東井二十二度で日食。東井は酒食の宿。前年冬に鄧皇后が立てられ「丈夫の性あり外事に関与した」ため天がこれを示したとされ、この年水害で作物が損なわれた。

安帝期の日食

  • 永初元年三月二日癸酉、胃宿二度で日食。胃は廩倉の象。鄧太后が専政し、前年の大水で倉廩が空虚であった。
  • 五年正月庚辰朔、虚宿八度で日食。当時鄧太后が摂政し安帝が政を行えず、西辺の諸郡が夷狄の寇害を受けた。
  • 七年四月丙申晦、東井一度で日食。
  • 元初元年十月戊子朔、尾宿十度で日食。尾は後宮・継嗣の宮。当時閻貴人が立てられようとしており、翌年立后、のち江京・耿宝らと共に太子を讒言し廃した。
  • 二年九月壬午晦、心宿四度で日食。心は王者の象で、久しく位を失う兆とされる。
  • 三年三月二日辛亥、婁宿五度で日食。
  • 四年二月乙亥朔、奎宿九度で日食。奎は武庫の象。十月、武庫が火災に遭い兵器を焼いた。
  • 五年八月丙申朔、翼宿十八度で日食。
  • 六年十二月戊午朔、須女宿十一度でほぼ皆既の日食。女主に凶とされ、二年後の三月に鄧太后が崩じた(李郃の上書に、この年の地震と日食を重ね「宮闕の内に陰謀あり」と警告し、のち建光二年鄧后崩後に中人趙任らの供述で廃立の謀が発覚しその予言が的中したとの記録がある)。
  • 永寧元年七月乙酉朔、張宿十五度で日食。
  • 延光三年九月庚寅晦、氐宿十五度で日食。氐は宮中の象。当時安帝は中常侍江京・樊豊・阿母王聖らの讒言を聴き皇太子を廃した。
  • 四年三月戊午朔、胃宿十二度で日食(馬融の上書に、詳細な災異論と辺境統治への提言が付される)。

順帝期の日食

  • 永建二年七月甲戌朔、翼宿九度で日食。
  • 陽嘉四年閏月丁亥朔、角宿五度で日食。
  • 永和三年十二月戊戌朔、須女宿十一度で日食。翌年、中常侍張逵らが皇后の父梁商を謀反と讒言したが逵らが誅された。
  • 五年五月己丑晦、東井三十三度で日食。東井は三輔・輿鬼(宗廟)に近く、秋に西羌が三輔の陵園にまで侵した。
  • 六年九月辛亥晦、尾宿十一度で日食。尾は継嗣の宮であり、継嗣が興らぬ兆とされた。

桓帝期の日食

  • 建和元年正月辛亥朔、営室三度で日食。梁太后が摂政していた時期。
  • 三年四月丁卯晦、東井二十三度で日食。東井は法を主る宿で、梁太后が兄梁冀に公卿を誣殺させ天法を犯したことに関連づけられ、翌年太后が崩じた。
  • 元嘉二年七月二日庚辰、翼宿四度で日食。翼は倡楽の象で、当時桓帝は音楽を過度に好んだ。
  • 永興二年九月丁卯朔、角宿五度で日食。角は鄭の分野。十一月、泰山(鄭の分野にあたる)で盗賊が群起した。
  • 永寿三年閏月庚辰晦、七星二度で日食。二年後、梁皇后が崩じ梁冀兄弟が誅された。
  • 延熹元年五月甲戌晦、柳宿七度で日食(梁冀の讒言により史官陳援が詰問され、のち梁冀に恨まれ収監され獄死したとの逸話が付される)。
  • 八年正月丙申晦、営室十三度で日食。営室は女主の象。二月、鄧皇后が酗酒の罪で自殺させられ家属が誅された。
  • 九年正月辛卯朔、営室三度で日食。谷永はこれを「三朝(歳・月・日の始め)の尊きを悪む」とし、翌年桓帝が崩じた。
  • 永康元年五月壬子晦、輿鬼一度で日食。八月、六州で大水があり渤海で盗賊が起こった。

霊帝期の日食

  • 建寧元年五月丁未朔、日食。冬十月甲辰晦にも日食。
  • 二年十月戊戌晦、日食(右扶風が上聞)。
  • 三年三月丙寅晦、日食(梁国相が上聞)。
  • 四年三月辛酉朔、日食。谷永は「飲酒に節なく君臣の別なく姦邪が起こる兆」とし、霊帝が商人のまねごとをして宮人の店で飲んでいたことを指摘した。
  • 熹平二年十二月癸酉晦、虚宿二度で日食。当時中常侍曹節・王甫らが専権していた。
  • 六年十月癸丑朔、日食(趙国相が上聞。谷永は賦斂の重さと民の困窮による離反の変を指摘)。
  • 光和元年二月辛亥朔、十月丙子晦、箕宿四度で日食。箕は後宮・口舌の象で、この月に霊帝は讒言を容れて宋皇后を廃した。
  • 二年四月甲戌朔、日食。
  • 四年九月庚寅朔、角宿六度で日食。
  • 中平三年五月壬辰晦、日食。
  • 六年四月丙午朔、日食。その月のうちに霊帝が崩じた。

献帝期の日食

  • 初平四年正月甲寅朔、営室四度で日食。李傕・郭汜が専政していた時期(太史令王立の観測の誤りをめぐる逸話が付される)。
  • 興平元年六月乙巳晦、日食。
  • 建安五年九月庚午朔、六年十月癸未朔、十三年十月癸未朔(尾宿十二度)、十五年二月乙巳朔、十七年六月庚寅晦、二十一年五月己亥朔、二十四年二月壬子晦と、たびたび日食が続いた。

以上、後漢中興十二世百九十六年間に日食は七十二回、うち朔(月初め)三十二回・晦(月末)三十七回・月の二日または三日が三回であった。

日暈・白虹貫日等の記録

  • 光武建武七年四月丙寅、日暈が生じ白虹が暈を貫いた。畢宿八度にあたり、畢は辺兵の象。秋に隗囂が安定を侵した(章帝建初元年・五年・七年、殤帝延平元年、順帝永建二年・三年・六年、永和六年にも白虹貫日・日暈の記録が割注に列挙される)。
  • 霊帝の時、日がしばしば東方に赤く血のように光なく高さ二丈余りで昇り、西方に沈む時も同様であった。占いでは「天に事えて謹まざれば日月赤し」とされた。
  • 光和四年二月己巳、黄気が日を抱き黄白の珥が表れた。
  • 中平四年三月丙申、黒気が瓜ほどの大きさで日の中に見えた。
  • 五年正月、日の色が赤黄で中に鵲の飛ぶような黒気があり数月で消えた。
  • 六年二月乙未、白虹が日を貫いた。占いでは「虹が日を貫くのは天下悉く文法に極まり百官が残賊酷法をふるい下を多く相告発する兆」とされた。
  • 献帝初平元年二月壬辰、白虹が日を貫いた。

月食の異例

  • 桓帝永寿三年十二月壬戌、通常の期でない月食があった(建武八年の月暈の異変、中元元年の日中星の出入りの異変も割注に付される)。
  • 延熹八年正月辛巳、通常の期でない月食があった。

  • 賛に曰く、皇極が建てば五事は端しく、罰咎は沴に入り逆乱が浸潤する。火は下り水は騰がり木は弱まり金は酸える。妖はあるいは妄りに気を発し、その炎をもって観るべし。