後漢演義第八十四回 周瑜を召し東呉が主戦論を採り、曹軍を破り赤壁で激戦を尽くす (召周郎東吳主戰 破曹軍赤壁鏖兵)

漢津での合流と徐庶との別れ

  • 張飛が橋を落として追撃を阻んだため、劉備一行は漢津方面へ逃れ、関羽の船隊と合流する。趙雲が甘夫人母子を救い、糜夫人殉難を悼む場面が語られる。劉琦の援軍も到着し、追撃してきた曹操軍を撃退した。
  • 徐庶は母が曹操軍に捕らえられたと知り、劉備・諸葛亮に別れを告げて曹操の陣営へ向かう(史実では母の自殺は伴わないと注記)。

孫権との同盟交渉

  • 夏口で魯粛と出会い、孫権との連携を勧められる。諸葛亮も同行し、柴桑で孫権に謁見。
  • 諸葛亮は劉備の兵力(関羽の水軍・劉琦の江夏兵)と曹操軍の疲弊(遠征・水戦不慣れ・荊州民の不服従)を説き、孫権の抗戦の決意を促す。
  • 曹操からの脅迫的な降伏勧告の書が届き、群臣の多くは降伏を主張するが、魯粛は主戦を説き、周瑜も召還されて「曹操軍の四つの弱点」を挙げて主戦論を強く主張する。孫権は案を斬りつけて開戦を決意する。

赤壁の戦い

  • 周瑜・程普を左右都督とし、魯粛を賛軍校尉として出兵。諸葛亮の智謀を評価した周瑜は諸葛瑾を通じて引き抜こうとするが、諸葛亮は劉備への忠義を理由に断る。
  • 樊口で劉備と合流し、赤壁で曹操軍と対峙。曹操軍は南方の水土に慣れず、船を鎖で連結して安定させる。
  • 黄蓋が火攻めを提案し、周瑜の許しを得て偽りの降伏の書を曹操に送る。
  • 曹操は月夜に長江上で「短歌行」を詠う場面が描かれる(「対酒当歌、人生幾何」の詩句)。
  • 諸葛亮が東南の風を「祈る」場面があるが、評語で後述の通り史実性には疑問が呈される。
  • 黄蓋の火船が風に乗って曹操軍の連結船に突入し、大火となる。曹操軍は大混乱に陥り、黄蓋も負傷しつつ韓当に救われる。曹操はかろうじて逃れ、華容道を通って命からがら南郡へ帰還する。郭嘉の死を惜しむ言葉を漏らす場面もある。

評語

  • 著者は『三国演義』の赤壁の描写が多分に脚色的であると指摘し、本書は『三国志』など史書に基づき、誇張を避けて簡潔に事実を記したと述べる。
  • とくに諸葛亮の「祈風」の逸話を荒唐無稽と断じ、もし諸葛亮に本当にそのような神通力があったなら、当陽長坂で劉備が窮地に陥ることもなかったはずだと論駁する。