後漢演義第八十三回 江夏に入り孫権が仇を討ち、当陽へ走り趙雲が主君を救う (入江夏孫權復仇 走當陽趙雲救主)

孫翊暗殺と徐氏の復仇

  • 孫権は曹操の人質要求を周瑜の進言で拒否する。
  • 弟の孫翊は丹陽太守として素行に問題があり、部下の媯覧・戴員に恨まれ、腹心の辺鴻に暗殺される。妻の徐氏は占いで凶を察知していたが翊は聞き入れなかった。
  • 徐氏は計略を用い、孫高・傅嬰の力を借りて媯覧・戴員を誅殺し、夫の仇を討つ。孫権はこれを賞し、徐氏母子を厚遇した。

黄祖討伐

  • 母吳太夫人が没した後、孫権は喪が明けると黄祖討伐を再開する。凌統も父の仇(黄祖配下の甘寧に討たれた)を討つべく従軍。
  • 甘寧はかつて黄祖に冷遇され、呂蒙の仲介で孫権に降る。甘寧は江夏攻略と益州進出まで見据えた策を献じる。
  • 周瑜を大都督とする呉軍は黄祖の水軍を破り、黄祖を討ち取る。降将蘇飛は甘寧の嘆願で助命されるが、父を討たれた凌統は宴席で甘寧に斬りかかり、孫権が仲裁する一幕もあった。

劉表の死と荊州の内紛

  • 孫権軍の撤退後、劉表は劉備を招き後事を託そうとするが劉備は固辞する。
  • 劉表の子劉琦は継室蔡氏に疎まれ、諸葛亮の助言(「申生は内にあって危うく、重耳は外にあって安し」)を得て江夏太守として外に出る。
  • 劉表が病没すると、蔡瑁・蒯越らは次子劉琮を擁立。劉備は危険を察知し、伊籍の手引きで脱出。的盧馬に乗り檀渓を跳び越える逸話が語られる。

曹操の南下と当陽の敗走

  • 曹操は丞相となり南征を開始。孔融は反対して誅殺される。
  • 劉琮は曹操に降伏。劉備は諸葛亮の勧めにも関わらず、劉表への恩義から荊州の民を見捨てず同行させ、行軍は遅々として進まない。
  • 曹操の急追を受け大混乱となり、甘夫人・糜夫人と離散。趙雲は単騎で敵中を駆け巡り甘夫人と幼い阿斗(劉禅)を救出するが、糜夫人は井戸に身を投げて命を絶つ。
  • 張飛は長坂橋で一人仁王立ちし、大喝して曹操軍を怯ませ、追撃を退ける。

評語

  • 孫権が父兄の仇である黄祖を討ったことは「春秋の大義」にかなう孝行と評価される。
  • 劉表は後継を誤り、劉備を疎んじた結果、荊州はあっけなく曹操の手に落ちた。劉表が劉備を裏切ったのであり、劉備が劉表を裏切ったのではないと論じる。
  • 趙雲の忠義と糜夫人の殉節、徐氏の復仇を並べ、いずれも婦人・武人の鑑と称える。