五代史演義第一回 老母、赤蛇に異兆を悟り、梟雄美女を得て宿願果たす (睹赤蛇老母覺異徵 得豔鳳梟雄償夙願)

乱世の由来(語り起こし)

  • 語り手は、太平が続くと人は先代の苦労を忘れて驕り、天災も重なって流民や盗賊が増え、乱世の梟雄が各地に割拠する、という歴史の道理をまず説く。
  • 東周の列国、後漢末の三国、南北朝、そして晩唐後の五代十国と、中国史上の分裂期を挙げ、なかでも五代十国の乱れは格別だったとする。
  • 五代は五十三年の間に八姓十三帝、後梁・後唐・後晋・後漢・後周と国号が五度替わり、これと並立した十国(呉・楚・閩・南唐・前蜀・後蜀・南漢・北漢・呉越・荊南)があったことを紹介する。
  • 君臣父子の道が乱れ、名君と呼ばれた後唐明宗・後周世宗ですら他に比べてましという程度で、統一の主が現れなかったために異民族の侵入も招いたと語り、これから五代史を語り起こすと述べる。

朱温の出自

  • 五代最初の王朝・後梁の初代皇帝は、大盗と評される朱阿三(本名は温、唐から全忠の名を賜り、即位後に晃と改名)である。
  • 宋州碭山の人で、父は経学を教える朱誠、母は王氏。三男で、長兄は全昱、次兄は存。
  • 生まれた際、家に赤い光が立ち上り、村人が火事と勘違いして駆けつけたが、実際には子が生まれただけだったという異兆の逸話が伝わる(『旧五代史』梁太祖本紀に見える話として紹介)。

少年期と傭工暮らし

  • 幼少から棒や棍を振り回すのを好み、次兄の存も気性が荒く、父にたびたび叱られたが改まらなかった。長兄の全昱だけは温厚だった。
  • 父の死後、一家は困窮し、蕭県の富豪・劉崇の家に身を寄せて働くことになった。全昱は勤勉だが力に乏しく、存と温は力はあるが粗暴・怠惰だった。
  • 劉崇が温の怠惰をなじり杖で打とうとした際、温は杖を素手で折ってしまう。崇の母がこれを制し、「阿三はただ者ではない」と庇う。
  • その理由は、以前温が眠る床の上に赤い蛇がとぐろを巻いているのを崇母が目撃した(『旧五代史』にある逸話として紹介)ためで、以後崇母は温を特別扱いするようになった。
  • 成人しても素行は改まらず、ある日崇家の鍋を盗み出す騒動を起こす。崇母のとりなしで狩猟(弓矢を用いた獲物取り)を任され、温と兄存は狩りの腕前で崇家に貢献するようになる。

張氏との出会い

  • ある日、狩りの途中で宋州郊外の寺に参詣する母娘の一行に出くわす。母は元宋州刺史・張蕤の妻、娘は張蕤の娘で、器量に優れた娘に温は強く心を惹かれる。
  • 寺の僧から素性を確かめた温は、道中で兄存に「漢の光武帝が皇后・陰麗華を娶った故事」になぞらえ、自分も功を立てて彼女を娶りたいという野心を語るが、存には一笑に付される。
  • 温は「時勢が英雄を作る」と反論し、唐末の混乱に乗じて黄巣・王仙芝らの反乱軍に身を投じる道を提案、存も同意する。

黄巣軍への投身

  • 二人は母や長兄の全昱、世話になった劉家に別れを告げ、唐僖宗乾符四年、山東で勢力を広げていた黄巣の陣営に加わる。
  • 武勇を認められて重用され、隊長に取り立てられる。存は乱取りで妻を得るが、温は張氏への思いから独り身を通す。
  • のちに黄巣軍の武将として頭角を現し、黄巣の側近・親軍の頭目にまで昇る。宋州攻めでは張蕤がすでに離任していたため目的を果たせず撤退した。
  • 黄巣が「沖天大将軍」を自称して南下すると、温は山東に残り、存は黄巣に従って南方を転戦するが、疫病や官軍の反撃で苦戦し、存は湖南方面の戦いで戦死する。
  • 黄巣は長江から北上して洛陽・長安を陥落させ、「大斉」皇帝を僭称。温は各地を転戦して功を挙げ、同州(左馮翊)を陥落させるまでになる。

張氏を娶る

  • 同州で、部下が捕らえてきた女性の中に、かつて寺で見かけた張氏の娘がいることに気づく。父はすでに亡く、母とも離散していた。
  • 温は自分の胸中を打ち明け、正式に妻に迎えたいと申し出る。張氏はこれを受け入れ、吉日を選んで婚礼が行われた(本作は『旧五代史』の記述に依り、温が兵乱の中で張氏を得たとする説を採用し、二人が幼少から許嫁だったとする『新五代史』の説は取らないと注記する)。
  • 婚礼の様子を詠んだ詩が挿入される(詩:盗賊上がりの身でも風流を解し、めでたく夫婦となったことを寿ぐ趣旨)。
  • 幸せな新婚生活も束の間、黄巣から河中攻めを命じる使いが届き、温はやむなく出陣する。

評語

  • 本回は朱温の出自と人物像を詳述する回であり、著者は朱温が本来「無頼の徒」であったからこそ後年帝位を得ても天寿を全うできなかったのだと評する。
  • また朱温が生来好色であったことが、後年の栄達後も乱行に走る伏線になっているとし、漢の光武帝が陰麗華を娶った故事とは似て非なるものであり、光武帝の中興の資質とは全く異なると論じる。
  • 鍋を盗む逸話のような小事に頓着しない点は豪傑にありがちだが、それが真の豪傑の資質とは限らないとも指摘し、赤蛇の異兆説話についても『旧五代史』のみが載せ『新五代史』が採らないのは、欧陽脩が朱温に好意的でなかった証だろうと結ぶ。