元史演義第五十三回 女侍を寵し僭して后服を加え、母の教えを聞き弾章を罷む (寵女侍僭加后服  聞母教才罷彈章)

馬紮爾台の流罪と脱脱の随行

  • 別兒怯不花は脱脱への旧怨から、馬紮爾台が「養病」と称して実は謀反を企てていると順帝に讒言。
  • 順帝はこれを信じ馬紮爾台を西寧州へ流罪とし、脱脱は自ら願い出て父に同行、道中も甲斐甲斐しく世話をする。

さらなる讒言と父の死

  • 別兒怯不花はなお満足せず、告発を仕掛けて馬紮爾台を辺境の撤思へ再流罪とするが、各地の反乱・災異が続く中で台官の批判もあり、御史大夫亦憐真班の弁護で甘州への召還が決まる。
  • しかし道中で馬紮爾台は病を得て死去。脱脱は悲憤する。

別兒怯不花の失脚と太平の登場

  • 別兒怯不花も台官に弾劾され配流先で病死。左丞相鐵木兒塔識も病没。
  • 朵兒只が右丞相、太平(賀惟一、順帝から国姓を賜り改名)が左丞相となる。
  • 太平は脱脱の孝心に免じ、父の遺骸を都へ改葬させるよう順帝に奏請、雲州の故事(後述)を引き合いに順帝を説得し、脱脱の召還が決まる。

雲州の故事(後宮の経緯)

  • 順帝の先の皇后欽察氏答納失里は兄弟の謀反に連座し廃されて死去、後に弘吉剌氏(伯顏忽都)が皇后となるが子は早世。
  • 高麗出身の宮女奇氏(完者忽都)が寵愛を受け皇子愛猷識理達臘を生み、伯顏の反対を押し切って第二皇后に立てられる。
  • 順帝が雲州で暴風雨に遭った際、脱脱が皇子を背負って救い出したという逸話があり、順帝は深く感謝していた。

脱脱の復権と哈麻の接近

  • 脱脱は都へ戻り父を葬り、太子太傅として東宮の教育を任される。
  • 順帝の寵臣哈麻(寧宗乳母の子)が脱脱に近づき、かつての配流中に自分が取り成したと恩着せがましく語り、脱脱はこれを信じ感謝する。

太平・韓嘉納の哈麻弾劾とその失敗

  • 太平は御史大夫韓嘉納と謀り、哈麻の不敬・不正を弾劾させるが、哈麻は事前に察知して順帝に泣訴し、逆に順帝の同情を引く。
  • 太平・韓嘉納が直訴するも順帝は哈麻を庇い、逆に哈麻・雪雪を一時罷免する一方、太平は翰林学士承旨に降格、韓嘉納・沃哷海壽も左遷される。

脱脱の変心と太平への疑心

  • 脱脱は哈麻兄弟の失脚に同情し、右丞相に復帰すると太平派の官吏を排斥。
  • 太平と旧怨のある汝中柏が太平の罪状を捏造して脱脱に讒言、脱脱は太平弾劾の上奏を準備する。

薊国夫人の諫止

  • 脱脱の母・薊国夫人が事情を知り、根拠のない誣告だと叱責し、奏稿を破棄させる。これにより太平弾劾はいったん立ち消える。

太平・韓嘉納のその後

  • しかし半年後、あらためて詔が下り、太平は帰郷を命じられ、韓嘉納は流罪の上さらに誣告で杖罰を受け、途中で死去。太平は無実を主張して自害を拒み、故郷へ帰った。

評語

  • 著者は脱脱を元末随一の賢相と評しつつ、哈麻や汝中柏のような佞人を信じた点は「孝子ゆえの弱さ」(父の死を恨みに転じた心情の隙)から生じたとし、皇子擁立への肩入れも咎めるほどではないと擁護する。
  • 本回は脱脱を軸に他の人物はすべて脇役として配置され、伏線が巧みに収束する構成だと評している。