元史演義第四十二回 四女酬庸し同時に嫁ぎ降り、二使勧進し日を剋して登基す (四女酬庸同時釐降 二使勸進剋日登基)
泰定后妃との別れと京師召還
- 燕帖木兒は泰定后妃と目配せを交わし、翌日の出立に際して自ら見送るつもりでいたが、京師からの急使が到来し即日入朝を命じられる。
- やむなく出立の途中で后妃の輿に追いつき、東安州行きを見送れなくなった旨と、再会を約す言葉を告げて別れる。両妃も別離を惜しみ、燕帖木兒は名残惜しげに京師へ戻る。
懐王の禅譲の意向と燕帖木兒の助言
- 京師に戻った燕帖木兒に懐王は、本来帝位は兄(周王和世梀=後の明宗)に譲るべきとの意向を告げる。
- 燕帖木兒は立嫡・立長・立功の三例を挙げつつ、唐太宗の故事(兄弟を排して即位した例)を引いて暗に懐王の在位継続をほのめかす。
- 懐王は「来春を期して兄を迎える」意向を変えず、あわせて燕帖木兒に側室を持つよう勧め、皇后冊立の話も持ち上がる。
燕帖木兒、四公主を娶る
- 懐王から宗室の女四人を賜る詔が下る。燕帖木兒は一度固辞しようとするが、既に四公主の輿が邸に到着しており、婚礼は既定事実として進められる。
- 太平王邸で盛大な婚礼が行われ、四公主と夫婦の礼を交わす。宴は華やかに続き、燕帖木兒は栄華を極める。
失列門の後妻との密通
- 婚礼の翌日、燕帖木兒は侍女の中にいた前徽政院使・失列門の後妻である年若い未亡人に心を奪われる。
- 国事にかこつけて彼女を密かに書斎へ呼び出し、身の上を尋ねると、家が没落し官の奴婢とされた経緯を語る。燕帖木兒は同情から情を通じ、以後の逢瀬を約束する。
明宗(周王)の即位と大都からの奉璽
- 懐王は皇后に弘吉剌氏(卜答失里)を冊立し、生母らを追尊。撤迪ら使者を漠北の周王のもとへ派遣し即位を勧める。
- 周王は当初固辞するが、仁宗が武宗から譲位を受けた先例(実際には史実と異なる牽強付会の理屈)を引かれ、周王和世梀(明宗)として即位を決意。天暦二年正月、和寧の地で即位式を行う。
- 明宗は撤迪らに、弟(懐王)へ学問に励むよう伝言する。京師に戻った撤迪らの報告を受け、懐王は燕帖木兒と密談。翌朝、燕帖木兒に皇帝の御璽を漠北へ奉じさせ、多数の随員と莫大な金銀幣帛を持たせて派遣する。
評語
著者は、燕帖木兒が宗室の女四十人あまりを妻としたことは正史『燕帖木兒列傳』にも見え、本回で描く四公主の件はその最初の縁組にすぎないと注記する。失列門の後妻の逸話も『文宗本紀』に見える史実に基づくもので、創作ではないとする。懐王の「譲位」は本心からの謙譲ではなく虚飾に過ぎず、燕帖木兒はそれを見抜いていたからこそ最も厚い恩賞を受けたのだとし、周王和世梀が事情を知らぬまま即位したことへの皮肉を込めて結ぶ。