元史演義長城に入り北軍敗潰し、大都を援け爵帥馳せ帰る(第四 十回 入長城北軍敗潰 援大都爵帥馳歸)
燕帖木兒、上都軍を長城外へ追撃
- 孛倫赤・岳來吉らが戦功を報告。燕帖木兒は撒敦に偏師を率いて偵察させ、上都軍(梁王王禪の軍)の陣が空になっているのを確認、敵兵二名を捕らえて夜陰に山谷へ潜んだことを知る。
- 燕帖木兒は将士に守りを固めさせ、決して先に出撃しないよう厳命。翌朝北軍が攻めかけても堅守で応じ、敵は攻めきれず退いた。
- 夜、撒敦と八都兒に別働隊を与え、前後から角笛を吹かせて敵を威嚇する計略を授ける。王禪は闇夜の中で四方から包囲されたと錯覚し、戦わずして撤退を決断、陣を引き払って逃走した。
- 燕帖木兒は総追撃を命じ、昌平州で北軍に追いつき大勝、数千を斬り、一万余を投降させた。
- 朝廷からの勅使が到着し、皇帝が燕帖木兒の身を案じて無理な先陣を控えるよう諭す。燕帖木兒は謝意を述べつつ、なお前線に立つ姿勢を崩さない。
居庸関・古北口をめぐる攻防
- 燕帖木兒はさらに追撃し、居庸関を回復。守備を也速答兒・徹里帖木兒らに委ね、自らは凱旋の途につく。
- 途中、古北口が上都軍に奪われたとの急報。撒敦が自ら出撃を志願し、石漕で敵の不意を突いて撃破する。
- 燕帖木兒は敵将の姓名も確かめず力戦のみに頼る撒敦をたしなめ、探りを入れて敵将が駙馬孛羅帖木兒・平章答失雅失帖木兒・院使撤兒討溫であることを把握する。
牛頭山の伏兵計
- 燕帖木兒は自ら微行して牛頭山の地形を偵察し、敵陣を山中の小路へ誘い込み陥穽で捕らえる計を立てる。
- 八都兒に夜襲を装わせて敵を陥穽のある間道へ誘導、亦訥思には撓鉤で捕縛する伏兵を、撒敦には敵営の背後を断つ伏兵を配置。
- 孛羅帖木兒は八都兒の偽りの敗走に誘われて陥穽に落ち捕縛される。答失雅失帖木兒・撤兒討溫も次々に伏兵の計にかかり、撤兒討溫も陥穽で捕らえられる。答失雅失帖木兒は撒敦に討たれて捕縛される。
- 捕らえた孛羅帖木兒・撤兒討溫・答失雅失帖木兒の三将は反逆の罪により斬首された。
通州・潞河・檀子山の激戦と京師凱旋
- 上都方の也先帖木兒・禿滿迭兒が通州を陥れ大都に迫っているとの報を受け、燕帖木兒は軍を返して急行、通州近郊で敵を撃破。
- 潞河では対岸の敵の疑兵(藁人形に火を焚いた計略)に一度は欺かれるも、渡河して真相を見破る。
- 檀子山の棗林で伏兵に遭うが、整然とした陣立てで応戦。子の唐其勢が奮戦し、陽翟王太平を討ち取るなど大勝。
- さらに紫荊関方面から上都諸王忽剌台らが京南に迫るとの報に急行するが、敵はすでに退却していた。
- 燕帖木兒は京師に凱旋、都人・懐王に盛大に迎えられ、太平王の印綬などの恩賞を受ける。休息もつかの間、古北口再陥落の報が入り、次回に続く。
評語
原著者は、本回が専ら燕帖木兒の戦功を描くものであり、上都方の諸将はいずれも彼の敵ではなかったと評する。正史『元史』の燕帖木兒伝は事実を羅列するのみだが、本書はその権謀術数までも生き生きと描き出している点で優れていると称賛する。また京師凱旋後の謙譲ぶりについて、表面は忠義を装いながら内実は驕りが忍び寄る兆しであると、後の専横を予見させる筆致だと指摘する。