元史演義女丈夫旗を執り叛衆を招き、小英雄難を逃れ救い主に遇う(第 三 回 女丈夫執旗招叛眾 小英雄逃難遇救星)

帖木真の誕生と忽都剌哈汗の死

  • 也速該が凱旋する途中、妻訶額侖が迭里溫盤陀山で産気づき男児を出産する。生まれた子は右手に血の塊を固く握っていたという異相で、也速該は先の戦で捕らえた敵将帖木真兀格にちなみ、この子を帖木真と名付けた。
  • 忽都剌哈汗は危篤の床で也速該に後事を託して死去し、也速該が諸族を統轄することになる。也速該と訶額侖の間にはその後も子(合撒児・合赤温・帖木格・娘の帖木侖)が生まれ、また別の妻との間に別勒古台をもうけた。

帖木真の婚約と也速該の急死

  • 帖木真が九歳のとき、也速該は嫁探しに連れて出た先で弘吉剌族の徳薛禅と出会う。徳薛禅は前夜見た夢(日月を捧げ持つ官人)が帖木真の相貌と重なると語り、娘の孛児帖を帖木真に娶わせたいと申し出て、その場で帖木真は徳薛禅の家に預けられることになった。
  • 帰路、也速該は塔塔児部の宴に招かれて飲食した際に毒を盛られ、腹痛を発して危篤となる。臨終に際し腹心蒙力克に帖木真を連れ戻すよう言い残して死去した。帖木真は父の死を知り号泣する。

泰赤烏部の離反と一族の困窮

  • 也速該の死後、同族の泰赤烏部が訶額侖母子を疎んじ始め、祭祀の分け前も与えず、族人にも母子を見限るよう働きかけた。哈不勒汗の子脱朶延も泰赤烏部側に寝返り、引き止めようとした老臣察剌哈を槍で傷つけて去った。
  • 訶額侖は自ら馬に乗り旄纛を掲げて叛いた族人を追いかけ、気迫のこもった説得で多くを呼び戻すことに成功する。しかしその後も泰赤烏部との対立は続き、訶額侖は子らに結束を説いて雌伏の時を過ごした。

帖木真の捕縛と脱出

  • ある日、兄弟妹で狩りに出た際、泰赤烏部の手勢に襲われる。別勒古台らの機転で弟妹は難を逃れるが、帖木真は名指しで追われ、単身山中に逃げ込み三度にわたり出るのをためらった末、ついに下山したところを罠にかかり捕らえられてしまう。
  • 泰赤烏部の宴の隙をついて枷を外し脱走した帖木真は、河に身を隠しているところを部民の鎖児罕失剌に見つかるが、彼に見逃してもらう。しかし空腹に耐えかねて鎖児罕失剌の家まで追いかけ、匿ってもらうことになる。鎖児罕失剌の息子たちの取りなしで受け入れられ、娘の合答安の見張りのもと羊毛を積んだ車に隠されて夜を過ごす。

評語

著者は本回を「寡婦孤児合伝」と位置づけ、寡婦や孤児が侮られやすい世態を描いたものと評する。訶額侖が危機に際して奮起し叛徒を呼び戻したこと、帖木真が窮地で機転を利かせて脱したことを挙げ、人は自ら立つことの大切さを説き、平凡な境遇に泣くだけの者との違いを強調して感嘆を記している。