拜珠(字聞善)
- 拜珠という者があり喀喇の人、字は聞善、才により累官して翰林国史院都事に至り太子司経となった。兵が至ると、拜珠は家人に「私の始祖の哈哩巴(ハリバ)は河東公に封じられた者だが、太祖と共に王汗に仕えた。太祖が王汗を取りその諸部落を収めた時、私の祖は数十騎を率いて西北方に馳せ去った。太祖は人を遣わして追い問うと『昔皇帝と共に王汗に仕えた、王汗は今すでに滅んだ、彼のために仇を報いようとすれば帝はまさに天命であり天に逆らうのは不祥、帝に改めて仕えようとすれば私の心には忍びないものがある、故に遠地に避けて私の生を終えよう』と言った。これが私の祖の言葉である。私の祖は朔漠に生まれてもなおこう言った、今私は中原に生まれ育ち国学で読書したのに、大義を知らずにいられようか。況んや私の先祖は国の厚恩を受け、私にまでその禄が及んでいる、今その国が破れたのに、なお生き見ることに忍びようか、生き長らえるより死んだ方がましだ」と言い、井に身を投げて死んだ。その家人は舎の東にこれを埋葬し、その書籍をすべて焼いて殉じたという。