元史卷一百九十四 列傳第八十一 楊乗
楊乗(字文載)
- 楊乗は字を文載、濵州渤海の人。至正初め(1341年頃)介休県尹となった。民が飢えて散り盗となったが、乗は法を立てこれを招き自新させ、みな武器を棄て頓首して良民となることを願った。その後累官して江浙行省左右司員外郎に至ったが、海寇が漕糧の舟を掠めたことに連座し免官された。松江に寓居していたが、張士誠が平江に入ると、その徒の郭良弼・董綬が乗のことを士誠に言い、士誠は張経を遣わして乗を招いた。乗は「良弼や綬はみな名臣であったが今すでに節を失った、それなのに私を引き込んでその悪を助長しようというのか、況んやお前は平生読書して何と説いていたのか」と経を責め、経は俯いて答えられなかった。乗はさらに客と痛飲して終日語らず、客が「行かないのか」と問うと、乗は「私は一小吏から身を顕官に致した、死あるのみだ、まだ何を行くことがあろうか」と言った。経が出発を促すのが益々急になると、乗は衣冠を整え自ら首を吊って死んだ。享年64。