元史卷一百八十四 列傳第七十一 韓元善

出自と官歴

  • 韓元善は字を大雅といい、汴梁太康の人。唐の節度使の子孫。父克昌は監察御史で名声があった。国子監生から新州判官、江南行台監察御史、中書左司郎中、吏部侍郎・尚書、僉樞密院事、中書参知政事、大司農卿、江南行台中丞、燕南廉訪使を歴任。
  • 至正9年(1349年)中書左丞、11年(1351年)丞相托克托(トクト)の兵機議論から漢人として除外される屈辱を受けた。彰徳への分省で餽餉を管掌、12年(1352年)汝寧討伐の陣中で衛輝にて病没した。文学治才で知られ、范文正公(范仲淹)の遺規を模し義荘・義塾を設け族人を養った。