元史卷一百七十六 列傳第六十三 劉徳温

内政の実務家

  • 劉徳温、字は純甫、大興の人。中書省宣使から歴任し、大徳11年(1307年)内宰司照磨、興聖宮建設に関与。河南民の逋糧を鈔での償還に切り替え民を助けた。延福司丞として嶽瀆代祀を務め、大都路都総管府同知として供億を整えた。禮部侍郎・上都留守司同知として和糴の弊害を厳罰で防いだ。

永平統治と晩年

  • 大司農丞として耕籍の儀礼の考訂を志したが未完に終わった。永平路総管として天暦の兵乱後の荒廃地を復興し、学校を興し旱魃には雨乞いで応じた。灤漆二水の堤防築造の重複負担を止め、豪民の不法を法により処断した。伯夷・叔斉を祀る廟の祭礼を整備し「聖清」の廟額を賜った。至順年間卒、享年69。正議大夫礼部尚書を贈られ彭城郡侯に追封、諡は清恵。