元史卷一百七十六 列傳第六十三 李元禮
五台山行幸への諫言
- 李元禮、字は庭訓、真定の人。太常太祝から博士に進み、世祖・裕宗の尊謚議を担当した。元貞元年(1295年)監察御史として弾劾に回避なく、元貞2年(1296年)皇太后の五台山親臨・仏寺建立に対し、時期の農繁(一)、太后の高齢での長旅(二)、後世の規範への懸念(三)、財政負担(四)、仏の教えに反する過度な供養(五)の五点を挙げて反対する上疏を行った。
弾劾と晩年
- 侍御史烏遜が架閣庫から上疏を取り出し「崔中丞の党である李御史が謗仏している」と讒言したが、丞相諤勒哲・平章博果密が公正に鞫問し、帝は「御史の言は正しい」として烏遜を罷免し元禮を復職させた。後に国子司業として卒。翰林直学士を贈られ隴西郡侯に追封。子の端は礼部尚書に至った。