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元史
卷一百六十六 列傳第五十三 楚鼎
14年の抑留を経て再起
安豊蒙城の人。父㺹は金の鎮国上将軍夀春府防禦使であったが宋に帰し宿州守将として己亥(1239年)戦死。鼎は宋に14年抑留された後赦免され、至元12年(1275年)師の渡江に伴い太平州の孟之縉降伏に従い、寧国府守将孫世賢の招降、徽州招撫使李銓の子漢英の帰順にも尽力。李世達の叛乱では鄭安の策で無血鎮圧。18年(1281年)日本東征に従軍し颶風で船が壊れ3昼夜漂流の末、高麗の金州合浦に漂着した。
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