元史卷一百六十六 列傳第五十三 石髙山

五部特黙齊軍の招集

  • 徳興府の人。父は太祖の中原平定に従い太宗から東昌広平の民戸を賜り洺水に移住。中統3年(1262年)世祖に太祖旧来の五部(特黙齊軍)を招集すべきと献策し実現、四年間息州鎮守で治安を保った。至元8年(1271年)光州・棗陽・襄樊の攻略に功、11年(1274年)江南討伐で顕武将軍。
  • 12年(1275年)寧国攻略で無擄掠を布告し無血開城、焦山で孫虎臣・張世傑と転戦。宋平定後、巴延の推薦で帝から特別に大郡を選ぶよう勧められたが「なお国のために働きたい」と辞退。蒙古侍衛親軍都指揮使として東宮を守衛、成宗が老齢を憐れみ子庫庫布哈に職を継がせ、大徳7年(1303年)76歳で没した。