元史卷一百六十六 列傳第五十三 羅璧

海運漕運の開拓者

  • 字仲玉、鎮江の人。父大義は宋将。宋の武将として仕えた後、右丞アルハヤの江陵攻めで降伏。歙冦討伐の功で明威将軍管軍総管、金山鎮守で海賊を鎮め上海で戦艦60艘を2か月で造船。至元19年(1282年)丞相巴延の提案で海運が開始されると朱清・張瑄とともに万戸となり、直沽から京師への漕運路を開拓し数十日で到達させた。
  • 納延の叛乱時も遼陽への漕運を維持し、直沽の潞河決水を堤で防いだ功で昭毅大将軍。両淮の荒地開墾を建言し数十万斛の増収を実現、鎮国上将軍海北海南道宣慰使都元帥に至る。広東道宣慰使都元帥として山海の獠夷を招撫、都水監として通州の水患対策で漕運を60余万石増やし、屯田括査の任中に66歳で没した。子坤載。