元史卷一百五十二 列傳第三十九 張子良

涿州から泗州総帥

  • 張子良、字は漢臣、涿州范陽の人。金末の混乱で郷人を率いて自活、東平を経て徐州・寿州に転じ、汴の金朝廷に食糧を献じて総管陝西東路兵馬を授かった。戊戌年泗州西城二十五県の軍民十万八千余口を率いて元帥阿珠を通じて帰順、太宗の下で東路都総帥・京東路行尚書省を歴任し、多くの民の生活を支えた。
  • 憲宗の下で帰徳府総管、世祖の下で歸徳泗州総管を務め、至元四年(1267年)大名路総管兼府尹となり享年七十八で没。清河郡侯を追封され、諡は翼敏。子懋・亨。
  • 懋、字は之美。丞相阿珠の軍で鏵車弩を用いた戦術指導に長け、丞相巴延の南征では淮西の夏貴を降伏させる交渉役を務め、鎮東・安豊・寿春等の攻略も導いた。泗州安撫使、吉州路総管を歴任し、義倉の設置、豪強「十虎」の摘発、盗賊討伐など善政・治安維持に功があり、至元十七年(1280年)没。享年六十三。