元史卷一百五十二 列傳第三十九 王珍
大名の内訌鎮定
- 王珍、字は国宝、大名南楽の人。金末の混乱で楊鉄槍の郷里防衛に加わり、鉄槍戦死後は蘇椿の下で戦うも宋将彭義斌の侵攻に椿が降ったため珍は単身脱出、安札に「国への報恩の心を私情で曲げない」と語り信頼を得た。
- 蘇椿の再叛を見抜き討伐、大名路尚書省下都元帥として国用安の徐邳攻略、宋の光州・棗陽・廬夀・滁州攻略に従軍。五河口では死士二十人で宋軍を破り、庚子年太宗に謁見して西域商人への負債と逋糧を免除させた。己酉年定宗の下で本路征行万戸となり金虎符を賜った。享年六十五で没。子文幹が万戸を襲い鄂州攻略、李璮討伐で功を挙げ賞金を全て軍中に分配、弟文禮に官を譲る義を示した。同知大名路総管府事、河東山西道提刑按察副使を歴任し官途で没した。享年五十八、清貧のまま逝去したことが称えられた。