元史卷一百三十五 列傳第二十二 托音納爾

托音納爾

  • 托音納爾は塔塔喇氏。世祖の時、納延討伐に従い功により賞を受けた。大徳七年(1303年)、欽察衛親軍千戸所ダルガチ・武徳将軍を授けられ金符を賜わり、八年(1304年)、太僕少卿に改められ、十年(1306年)、阿爾婁軍万戸府ダルガチに遷り金虎符に改め懐遠大将軍に進んだ。まもなく中奉大夫・太僕少卿に改めなお前職を兼ねた。至大二年(1309年)、甘粛行尚書省参知政事・通奉大夫を拝し、四年(1311年)、入朝して太僕卿となり正奉大夫に陞った。皇慶元年(1312年)、阿爾婁万戸府襄陽漢軍ダルガチを授かりなお太僕卿を領し、延祐三年(1316年)、資徳大夫・甘粛行中書右丞を拝し、至治二年(1322年)、通政使に改まり会福院使に転じ、まもなく通政に復した。致和元年(1328年)、上都に分院した際、秋八月に都爾蘇に殺された。文宗即位後、宣力守義功臣・栄禄大夫・上柱国・中書平章政事を贈られ冀国公に追封、諡は忠景。子は鼎通・済爾噶朗。鼎通は父の職を襲い阿爾婁万戸府襄陽万戸府漢軍ダルガチとなり金虎符を佩び明威将軍。済爾噶朗は初め欽察親軍千戸所ダルガチを授けられ金符を佩び武略将軍、朝列大夫・通政院副使に改まり同知を経て院使に陞り官は中奉大夫に至った。