徹爾
- 徹爾は阿蘇特氏。父の拜哲伯は憲宗の釣魚山攻めに従い功により賞を受けた。徹爾は世祖に仕え和爾齊(ホルチ)となり、海都征討に従い先鋒を奮撃し、陥落した官軍二人を陣中から救い出し功により賞を受けた。後に杭愛征討に従い牛馬畜牧を獲てことごとく軍食に供し、帝はこれを嘉し鈔三千五百錠を賞し士卒に分配させた。成宗の時、盗賊が博囉塔拉の地を拠点にすると兵を率いて討伐を命じられ三千余人を獲てその酋長を誅した。帰還後、客省使バトル等とともに巴喇呼の地に赴き、先に獲た人口・畜牧をすべてその主に返還した。軍が還ると帝は特に鈔一百錠を賜わった。武宗は潜邸のとき銀酒器を賞し、至大二年(1309年)、左阿蘇衛が立てられ本衛の僉事を授けられ金符を賜わった。皇慶二年(1313年)、湘寧王の北征に従い功により一珠虎符を賜わった。子の実勒們は直宿衛し、至和元年(1328年)秋八月、知院トクトムルに従い潮河川に至り諤勒哲巴圗爾・阿達竒等十二人を獲て八人を殺し四人を捕らえ京師に帰った。また宜興で実喇奈瑪台等と遭遇し戈を奮って二人を撃殺し白金・楮幣を賞された。天暦元年(1328年)、両家店で図們岱爾の兵と戦いその四人を殺し功により賞を受け、薊州でも戦い四人を殺し、十一月には檀子山でさらに十二人を追殺し、功により左衛阿蘇親軍都指揮使司僉事を授かった。