元史卷一百三十五 列傳第二十二 伊勒濟呼濟哈雅
伊勒濟呼濟哈雅
- 伊勒濟呼濟哈雅は輝和爾(ウイグル)の人。憲宗の釣魚山征討に従い麹薬を作って軍の疫病を治療し白金五十両を賞された。続いて皇子メングトに従い雲南を征し数度勝利した。中統三年(1262年)、呼圗克と達哩が叛くと兵を領してこれを平定した。至元十二年(1275年)、虎符を佩び隴右河南道提刑按察使となった。ウルスホルシヤが乱を謀ったとき、皇子安西王に従いこれを鎮圧しに赴き、皇子から白金五十両を賜わった。十五年(1278年)、布色岱とともに図嚕を平定し、皇子から再び金衣・腰帯・金椀を賜わり、その功が上聞された。十七年(1280年)、嘉議大夫に進み旧職に留まり、二十年(1283年)、奉議大夫・四川等処行中書省参知政事に進んだが、まもなく病により秦州に帰った。大徳八年(1304年)卒。至順年間、推忠宣力定遠功臣・資善大夫・陝西行省左丞・護軍を贈られ威寧郡公に追封され、諡は襄靖。