元史卷一百三十五 列傳第二十二 科爾結

科爾結

  • 科爾結は阿蘇特氏。憲宗の時、父の布達喇実とともに直宿衛し阿蘇軍二十戸を領した。世祖の時、科爾結は百戸として元帥アジュに従い宋を伐って功があり白金等の物を賜った。宋平定後、大宗正府のイクザルグチに充てられ阿蘇軍を領して海都征討に従い功により上賞を受けた。師還ると成宗は湖広等処の宣撫を命じ民の困苦を訪ねさせ、なお旧職に戻した。至大元年(1308年)、武宗は左衛阿蘇親軍都指揮使に充て、広威将軍に進めた。四年(1311年)卒。子の特們徳爾は戦徳齊から百戸に改められ、阿蘇軍を領して指揮ユルジャシの下で納延・却金剛努の軍を蘇布特齊の地で討ち哈坦多羅干を降し、功により賞を受けた。至大四年(1311年)、父の職を襲い明威将軍・阿蘇親軍都指揮使を授かった。子の実沙は武宗・仁宗に仕え直宿衛し、天暦元年(1328年)九月の兵乱に宜興で戦い敵兵七人を殺し、朝から夕まで敵兵を十三か所で退け、功により金帯一つを賜り左阿蘇衛都指揮使を授かった。