元史卷一百二十三 列傳第十 額卜甘布

河西人軍を率いた家系

  • 額卜甘布は唐古氏、辛巳歳、衆を率いて太祖に帰順し蒙古軍籍に入れられ、旨をもって管下の河西人と穆呼哩の出征に従ったが病で卒した。子の昻吉爾がその軍を領し諸国征討に功、至元六年(1269年)金符千戸を授けられ蘄黄安慶等処征討、九年(1272年)虎符に改まり信陽萬戸に進み、平章阿珠の南征に従い功を重ね、淮西道宣慰使・参知政事・都元帥・廬州蒙古漢軍萬戸府達嚕噶齊・行省左丞相・尚書左丞を歴任し龍虎衛上将軍に至った。二十一年(1284年)子の昻哈圖を伴い世祖に見え、昻哈圖は舒庫爾齊となり、二十四年(1287年)納顔征討に扈駕して功があり父の職を代襲、二十六年(1289年)廬州蒙古漢軍萬戸府達嚕噶齊を授けられた。大德六年(1302年)宋隆濟等討伐に功があり廬州に還鎮し私財で軍士の貧しい者の住居を百二十余間築いた徳行が省臺の耳に入り金束帯を加賜され、泰定四年(1327年)卒した。昻哈圖の弟の鄂博は舒庫爾齊から金符唐古圖爾哈千戸を授けられ、後に海北海南道廉訪使に改まった。