繹史地理志(地理志)

爾雅にみる九州・沢藪・名山名川

  • (爾雅「釈地」より)冀・豫・雍・荊・揚・兗・徐・幽・営の九州の位置を両河・河南・河西などの語で示す(割注に殷制と夏制・周制の違いを付す)。
  • 魯の大野、晋の大陸、秦の楊紆、宋の孟諸、楚の雲夢など諸国の十藪、東西南北中の八陵、東西南北中の九府(美物の産地)、比目魚・比翼鳥・比肩獣・比肩民など四方の異気の生物を列挙する。
  • 邑・郊・牧・野・林・坰の同心円状の区分、隰・原・陸・阜・陵・阿など地形の名称、四極・四荒・四海の範囲、淮南子にみる九州・八殥・八紘・八極の広大な地理観(割注)などを記す。

爾雅にみる丘・厓・山・水の名称

  • (爾雅「釈丘」より)丘の成り立ちによる名(敦丘・陶丘・崑崙丘など)、丘の位置関係による名(負丘・宛丘など)を列挙する。
  • 河南の華山、河西の嶽山、河東の岱山、河北の恒山、江南の衡山を五岳とし、山の高低・形状による名称(崧・岑・巒・厜㕒など)を挙げる。
  • (爾雅「釈水」より)泉・川・沢の分類、江河淮済を四瀆とすること、渉水の作法(厲・掲・泳)、黄河の源(崑崙墟)と九河(徒駭・太史・馬頬など)の名を記す。

帝王世紀にみる古代の疆域と人口の変遷

  • (帝王世紀より)神農氏の時代の広大な疆域から、黄帝・顓頊・帝嚳・堯・舜・禹の時代を経て九州の制が定まる経緯、禹の塗山の会での万国、山海経に見える四極の距離を記す。
  • 夏殷周三代を通じての人口・封国数の推移(周公致治時の民口約1371万、東遷後の減少、春秋戦国期の諸国の兼併と人口損耗)、秦統一後の労役・戦乱による大量の死者を記し、漢初の人口減少に至る経過をたどる。

漢書地理志:各地の分野・沿革・風俗

  • (漢書より)秦・魏・周・韓・趙・燕・斉・魯・宋・衛・楚・呉・粤(越)の各地域について、天文分野(星宿との対応)、建国の由来(始祖伝説)、地理的特徴、産業、風俗(気質・婚姻・葬送・商業活動など)を詳述する。
  • 秦地は豳・岐の遺風を残し農耕を重んじる一方、巴蜀は南夷由来で稲魚が豊かとする。魏地は殷の旧都で邶鄘衛三国に分かれた由来(周公による三監の設置と武庚の乱の顛末)を記す。
  • 周地は雒邑遷都の経緯、韓・鄭は祝融の墟、陳は太皥の墟で巫鬼の風があるとし、趙・燕は北方の厳しい風土と剛勇の気風、斉は太公望以来の商工業の発展と桓公の覇業、魯は周公・孔子の遺風による礼儀を尚ぶ気風を記す。
  • 楚・呉・粤は江南の豊かな物産と巫鬼を信じる風俗、長江流域の都市(江陵・臨淄・邯鄲・寿春・番禺など)の商業的繁栄を述べる。

博物志にみる各国の要害

  • (博物志より)秦・蜀漢・周・魏・趙・燕・魯・宋・衛・楚・呉・東越・南越について、それぞれの山川による要害の地勢を簡潔に記す。

図版に関する編者按語

編者按

  • 「地理図」の解説として、黄帝以来の九州制の変遷、殷周の合離、秦の郡県制への転換を概観し、時代により国域の名称・境界が変わることを述べる。末尾に「三代州域表」に基づく地図を掲げたとする(図そのものは省略)。

編者按(五岳の考証)

  • 金履祥(仁山)の説を引き、周の都(豊鎬)からは華山が中岳にあたるとする爾雅の記述と、嵩高を中岳とする通説との食い違いについて考証し、時代・都の位置により五岳の比定が変化した可能性を論じる。